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第2回GCLSプレゼンコンペ受賞者寄稿 中川聡さん

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第2回GCLSプレゼンコンペティションで研究奨励賞を受賞された中川聡さんに研究紹介の記事を寄稿いただきました。

自己紹介

東京大学大学院情報理工学系研究科所属、博士2年の中川聡です。高齢者福祉への情報技術(IT)活用に関心があり、高齢者の生活の質(QOL)向上を目的とした研究に取り組んでいます。近年、情報理工学分野でも高齢者福祉は1つの研究トピックとして注目が高まっており、見守りシステムやコミュニケーションロボットなど、様々なシステムが提案されています。しかし実際の施設では、これらのシステムの導入が進まない例や、導入しても長続きしない例が少なくありません。技術者や情報系研究者の掲げるゴールと、実際の現場からの要求には隔たりがあることが指摘されています。

そこで、福祉と情報理工学を融合した新しい学問の道を切り拓く必要があると考え、高齢者に一生寄り添えるロボットの実現を目指したプロジェクトを始めました。このプロジェクトは、医学系、教育系、情報理工系の学生で構成され、互いの知識や技術を活かしながら研究に励んでいます。

プレゼンの概要

高齢者福祉でのIT活用は最近注目を集めており、ロボットやスマートホームなどの導入を進めている施設も増加しています。しかし、それらの技術には継続的な利用が難しいという大きな問題があります。私が研修を行った福祉施設でも、一度はロボットを導入しましたが、長続きせず途中で断念していました。このように、高齢者とロボットとの関係の長期化は特に難しいとされています。大きな原因の一つとして、ロボットの言動が画一化しやすいということが挙げられます。本来、ロボットは、高齢者一人ひとりに適した言動をすることが理想的ですが、現在はそれができていません。これは、そもそもロボットが高齢者の状態を総合的に理解する手法が確立されていないことが主な原因です。

そこで、高齢者の包括的で精度の高い状態推定の実現を、本研究の最初の目標として掲げました。本研究では、人の状態を表す尺度としてQOLを扱うことにしました。QOLは、身体的健康だけでなく、精神的、社会的well-beingをも含めて総合的に評価する指標です。高齢者福祉でもQOLは重要な指標とされ、支援対象者のQOLを正確に把握することが、一人ひとりに合った支援の提供に繋がります。(図1)

図1. QOLの構造

しかし、従来のQOL測定方法にはいくつかの課題があります。主な測定方法には質問紙や面接形式がありますが、これは高齢者に負担を強いるほか、上下関係を想起させるという問題を孕んでいます。そこで本研究では、ロボットの日常会話の中でQOLを推定することで、高齢者への負担や圧力を軽減できると考えました。QOL推定モデルの構築には、会話中の高齢者の表情、頭の動き、視線、音声、会話内容などを融合し、深層学習アーキテクチャを活用した統合処理を行います。(図2–5)これらの特徴量からQOLを推定するため、まずは大規模データベースを作成しました。ボットを用いた対話実験を実施し、対話中の映像や音声、テキストデータを収集しました。これらのデータと質問紙で測定したQOLとを結びつけ、QOL推定の基盤としました。

図2. 日常会話の過程でのQOL推定

 

図3. 音声データによるQOL推定

 

図4. 視覚データによるQOL推定

 

図5. 会話データによるQOL推定

QOLを構成する尺度の中には、それぞれの特徴量を単独で用いたモデルでは推定の難しいものも存在しました、しかし、複数の特徴量を組み合わせることで、推定精度が向上することを示しました。この手法により、 QOL推定の負担軽減や、推定結果をもとにした高齢者一人ひとりに合った支援を実現できると考えています。

現在は、QOLの推定結果を使ったロボットの言動最適化に取り組んでいます。最適化された言動によって、高齢者のQOLを向上させるほか、人とロボットとのコミュニケーションを経時的変化のある飽きの来ないものに変革したいと考えています。これらを達成した暁には、看護、医療と提携し、実践的な支援へ繋げていきたいと考えています。また、現在政府が東南アジアなどに輸出を進めている日本型介護の基盤に組み込むことも考えています。このように、QOL推定を軸としたマンマシンインターフェースの構築は、知的ロボットによる状態推定と長期的な関係構築を実現し、高齢者福祉のICT化における諸問題の解決策となると信じています。

受賞の感想

この度は研究奨励賞に選んでくださりありがとうございます。審査員の方々に感謝申し上げます。今後も、より一層研究活動に励んでまいります。

プレゼンの工夫

「私の研究が未来を変える」というテーマを受けて、自身の研究が社会にどのような影響を与えるか、高齢者福祉の未来をどのように変えていくか、改めて熟考した上でプレゼンに臨みました。まずは実際の現場を理解することが第一と考え、施設での研修での経験をもとに、そこで出遭った課題点を説明し、それに対する解決策として提案手法を紹介しました。 また、これまでに行った様々な取り組みを俯瞰的に説明し、分野の垣根を超えた議論ができるように心がけました。プレゼンを聴いてくださる皆様からのフィードバックをいただくほか、私自身の取り組みも皆様の研究やアイデアの一助になれば、と考えました。

副賞の活用

今回いただいた副賞は、普段の研究活動のほか、学会参加費、研修費などに活用したいと考えています。本プロジェクトは、ロボットとの会話を通じた人の多元的かつ包括的な状態推定という新たな分野横断型テーマを掲げています。このプロジェクトを遂行するためには、高齢者福祉や情報理工だけでなく、心理学・教育学・社会学を含むあらゆる研究分野に通じる必要があり、また福祉機関とも連携していく必要があります。そのため、他の研究者や福祉機関の方々と幅広く交流の機会を持ち、自身の知見を拡げると同時に、本研究の社会的、学術的意義を発信し続けたいと考えています。