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第4回GCLSプレゼンコンペ受賞者寄稿 中野萌士さん

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第4回GCLSプレゼンコンペティションでソーシャルICT賞(最優秀賞)を受賞された中野萌士さんに研究紹介の記事を寄稿いただきました。

自己紹介

東京大学大学院情報理工学研究科 葛岡・鳴海研究室で特任助教を務めている中野萌士です.学部時代から継続して今回プレゼンした視覚変化による味覚操作について研究するとともに,所属プロジェクトではアバターを利用して人々の能力を向上させる研究テーマに取り組んでいます.

プレゼンの概要

プレゼンでは,「①好きな食物」を「②好きな人と好きな場所」で食べられるAR/VR研究について発表しました.まずは好きな食物を食べられるAR/VR研究について説明します.食事という日常的な行為にはありふれた社会課題が存在します.それは「食べたい食物が食べられない」という課題です.例えば,食物アレルギーやダイエット等の理由から食事の制限をする必要があります.私は,患者が食べられる食物(例:そうめん)の外見を食べたい食物(例:ラーメン)の外見に変化させることで,そうめんを食べていてもラーメンの味を感じさせる味覚操作インタフェースを開発しました.実際には,機械学習(StarGAN)を用いて,そうめん画像からラーメン画像を生成し,ARを用いて,実際のそうめんの上に重畳することで,食物の外見を変化させています(図1).これは感覚が別の感覚からの影響を受けるクロスモーダル効果を利用しています.

ARを用いて食物の外見を変化させる

図1. 視覚変調による味覚変化システム

私は今までに,味覚操作インタフェースを用いて,食物の味・種類の認知が変化し,5口目まで変化が持続することや,味だけでなく匂いや食感も変化することを明らかにしました.また,社会実装する際の課題として,HMDを装着したままだと食べにくい問題などがあり,それを解決するために垂直下方向の視野角を拡大したHMDの開発を行っています(図2).

垂直下方向の視野角を拡大したHMD

図2. 下方視野を拡大したHMD

次に,好きな人・場所で食べられるAR/VR研究について説明します.家族や友人たちと食事をともにすることは安らぎや人間関係構築などの多くの良い影響を得ることができます.急速に発展しているメタバースでも友人と遊んだり,好きな空間で気ままに過ごしたりすることができます.しかしながら,現実世界で日常的に行われる食事は,メタバースでは困難です.例えば,メタバースにログインするためにHMDを装着した状態だと,現実世界にある食物が見えない問題があります.そこで開発したのが「Ukemochi」と読んでいるアプリケーションです.HMDに搭載されたWebカメラで取得した現実世界の映像から,食物の領域を検出しメタバースに重畳表示するアプリケーションです.例えば,メタバースで花見をしながらカツ丼を食べることができます(図3).

メタバースでカツ丼を食べる様子

図3. メタバースでカツ丼を食べる様子

また,メタバースでの食体験は様々な可能性を秘めています.自分自身の姿であるアバターの外見を変えることでコーラの甘さを感じやすくさせる研究やメタバース環境での狩猟体験によって,現実には存在しないドラゴンの肉の味の提示に挑戦した研究などに取り組んでいます.

このように,好きな食物を好きな人と好きな場所で食べられるAR/VR研究に取り組んでいます.当初は単純な興味で行っていた研究ですが,味覚知覚メカニズムの解明だけでなくエンタメや医療応用まで発展しつつあり,我々の食の未来を変える研究として楽しみながら邁進して行きたいと思っています.

プレゼンの工夫

研究の話は様々なところできますが,なかなかプレゼンの工夫を話す機会はあまりないので,参考になるように詳しく書こうと思います.このようなコンペに出場される方の研究や取り組みは総じて素晴らしく,差がつきにくいと考えています.また,自身の分野外の研究を評価し,順位付けすることは経験豊富な審査員の方々でも悩む部分であると考えています.そのため,最初に今回のコンペの審査基準を確認し,それに対応するようにプレゼンの構成を決めました.例えば,今回の審査基準では社会課題の把握や解決までの取り組み,社会構造を変革しうるかが重要視されていました.また,今回の発表テーマが「私の研究が未来を変える」だったため,これらの要素を含み,それが聴講者に伝わりやすい用にスライドを作成しました.加えて,今回のプレゼンでは,「様々な研究を一つにまとめてビジョンを伝える」という個人的な目標を立てていました.一方,異分野でも発表内容を理解してもらう必要性や時間制限などがあったため,思い切って実験の詳細やグラフを発表内容には含まず,付録としました.発表順番が最後であったため,他の発表者(弊研究室の学生)が説明した私の研究分野の専門用語の説明を省く,聴講に疲れてきた発表の途中でこちらから聴講者に向けて質問をし,発表を注意深く聞いてもらうなどの工夫も行いました.自身の研究に熱意があることは前提として,それを伝えるために強弱をつけた大きな声で話す,聞き取りやすいように声の音程を半音程度上げる,聴講者の目を見て発表するなどを心がけました.私は割と緊張する方なのですが,これらを心がけると発表しながら緊張が溶けて楽しくなってくるのでおすすめです.

受賞の感想と副賞の活用方法

私の研究と取り組みを高く評価していただき,とても光栄に思います.自信を持ってこれからの研究活動を邁進していきたいと思います.副賞は,研究活動やそれを広げるために必要な旅費,開発に必要な資材費に充てさせていただきます.また,今回の発表でもお話したように,味覚の研究や提示を行うためには様々な食経験が必要です.今回のコンペに参加した弊研究室の学生とともに美味しいご飯が食べられたらなと思います.

寄稿:中野萌士